照屋義実氏(大19)母校で講演 基地返還と移転 沖縄の問題を語る

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 沖縄県参与を務める照屋義実氏(大19)が10月6日、母校福島大学で「戦後71年・沖縄が抱える課題と向き合って~1産業人の立場から~」と題して講演した。照屋氏は、沖縄が本土復帰する前の1967(昭和42)年、文部省配置留学生として福島大学経済学部に入学、卒業後は大阪の商社に勤務し、1974年に沖縄に戻り、父親が経営する建設会社「照正組」に入社。その後、地元の商工会に関わったのを皮切りに全国商工会青年部連合会長、沖縄県建設業協会会長、沖縄県商工会連合会長、沖縄県教育委員長などの要職を歴任した。

 照屋氏は、オスプレイ反対県民大会の共同代表として2013年1月、オスプレイ配備の撤回や米軍普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設の断念を訴えた建白書を政府に提出するなど基地問題に精力的に取り組んでいる。

福島は「第2の故郷」

 母校での講演は公開授業の一環として開催された。後藤康夫教授(大21)が照屋氏を紹介、阿部高樹学類長のあいさつに続いて登壇した照屋氏は後輩の現役学生や永倉禮司信陵同窓会長、佐藤慶吾福島信陵会長ら同窓生を前に、49年前に初めて福島に来て、降り積もる雪や吾妻の錦秋に感動したこと、信夫寮での生活、柔道部が当時は「海外」だった沖縄でパスポートを取得して合宿したことなど「第2の故郷」の思い出を話した後、建設会社社長、産業人としての活動を語りながら、沖縄の直面している課題について、現況を次のように語った。

辺野古移転強制 民主主義が毀損

 「70年安保闘争が盛り上がっているなか、福島の人たちが沖縄闘争を支援しているのを見て政治意識が芽生えた。沖縄を勉強するほど不条理を思い知った。この不条理は今でも続いている。沖縄復帰後、殺人、放火、強盗、強姦など米軍の凶悪な犯罪は後を絶たない。住民の人権が守られていない。米軍機墜落も続いている。オスプレイ配備反対県民大会には10万3000人が集まり、全県全市町村で首長、議員が署名した」。

 「辺野古への基地移転が強制的に実行に移されようとしている。民主主義が極めて毀損している。私が経営している建設会社は経営の自立化を目指してきた。沖縄も基地に依存しない自立の道を歩んでいる。私は翁長知事と一緒に行動してきた。翁長知事の活動の7、8割が基地対策だ。昨年12月には国連人権委で知事が訴えた」。

 「卒業して1年後(1972年)、沖縄が返還された。そして福島で原子力発電所が稼働した。沖縄と福島、二つの犠牲があり、共感できるところがあると思う」。

 母校での講演後、照屋氏は吉原泰助名誉教授や同期生、柔道部OB、同窓会役員らと福島市内で旧交を温めて懇親した。照屋氏は10月4日に福島市入りし、南相馬で大震災の被災状況を見たり、仮設住宅で避難している人々と懇談したり精力的に活動し、福島大学での講演のほか、福島、郡山、会津若松各市で講演会に臨んだ。 (報告・菅野建二 大21) P1080108_small.JPG 阿部学類長あいさつ

P1080107_small.JPG 同窓生の後藤康夫教授(大21)あいさつ

P1080110_small.JPG 学生に交じって同窓生も聴講

P1080114_small.JPG 懇親会 吉原泰助名誉教授、阿部学類長、同期生や柔道部OB、同窓会役員が出席 

P1080115_small.JPG 吉原泰助名誉教授

P1080117_small.JPG 同窓会役員と