事務局日記

事務局日記 
2011年04月15日(Fri) 15:37

 まだまだ予断を許さない原発の状況です。

 私たちは原発の立地県に住みながらも、原発や放射能について何も知らなかったことに愕然としています。昔、原発を眺めながら「あれが爆発したらどうなってしまうのかな…」と、主人と話していたのを思い出しました。その時は原発は危険なものではあるけれども、絶対安全であると信じ込んでいたのです。よく考えれば絶対なんてことはありえないことで、東京電力なのに自分の管内には原発を作らないこと、原発の周辺の市町村には莫大な補助金や交付金が支払われていること。よく考えれば、その裏には想像も出来ないような大きなリスクが隠されていることは容易にわかるはずなのに…。

 今になって原発立地県に住みながら、それらに対しあまりにも無関心だった自分を責めています。なぜもっと原子力発電に対して関心を持たなかったのか…。なぜもっとどうなるか考えなかったのか…、なぜもっと声をあげなかったのか…。なぜ…。   (たかはし)

事務局日記 空白
2011年04月13日(Wed) 12:25

 震災から1ヶ月が過ぎました。今日は高架橋を走っている東北新幹線を見ました。1ヶ月ぶりの新幹線の姿です。新幹線が走っている、そんな普通のことに、とても嬉しくなってしまいました。

 1ヶ月がたっても毎日余震が続いています。地鳴りが鳴り続け、しょっちゅう体に感じる小さな地震。そして時々大きな地震。最近は慣れっこになってしまいましたが、すぐに原発のことが頭をよぎります。その度に、じれったくなるような東京電力や保安院の会見。心が休まる時はいつやって来るんでしょうか?

 季節はすっかり春になりましたし、子供たちの学校も始まり、生活にも動きが出てきました。しかし、気持ちが季節に、時の流れについて行けないのです。この1ヶ月の間には、さまざまな大きな悲しい出来事がありました。それはもう決して二度と体験したくないものです。でも時間だけは3月11日のままなのです。

 1ヶ月がたち、前へ踏み出さなければならない、みんながそう奮い立っている時に、また避難指示で新たに生活の場を離れなければならない人々がいます。悲しいことです…。

 昨日、震災による同窓生の訃報がはじめて同窓会に届きました。名取市で11日に津波にのまれ行方不明でしたが、24日に遺体の確認がなされたそうです。ご冥福をお祈りいたします。                   (たかはし)

 

事務局日記 計画的避難区域
2011年04月12日(Tue) 13:34

 とうとう私の住む川俣町の一部(山木屋地区)も計画的避難区域になってしまいました。避難をなさる方々には申し訳ないのですが、私は幸いにも区域外で今までどおり自宅にいることができます。でも同じ町内の人が避難しなければならないとなると、今までより以上に不安にかられます。私は本当にここに居て大丈夫なんだろうか?と…。福島に住む人は皆同じ不安をかかえていると思います。さまざまな情報が氾濫しているけれど、何が本当で何がウソで、何を信じれば良いのか…。福島に住む人は誰も確信が持てず、そんな不安の中で生活しているのです。

 今回、計画的避難区域に指定された地域は、すべて阿武隈山系の山間の地域です。農業や酪農を営んでいる人がほとんどで、東京電力の福島原発で作った電気を送り続けていた、華やかな都会とはまるでかけ離れた、穏やかな自然に溶け込んだ生活をしていた地域です。なぜそんな生活をしていた人々が、こんなひどい目に合わなければならないのしょう…。

 川俣の山木屋地区には、とり立ての牛乳で美味しい牛乳やアイス・チーズ・バターなどを作る牧場があります。浪江町の津島は日本テレビ系でTOKIOが出演してスローライフの模様を放映している「ザ!鉄腕!ダッシュ!!」のダッシュ村があります。飯舘村は市町村の大合併でも合併せず、独自の村づくりの道を選びました。名産の飯舘牛。新鮮な野菜。美しい田園風景を眺めながら、美味しいコーヒーとスィーツをいただける、静かに時の流れるカフェ。そしてどこでもそれぞれの人々の生活が営まれていたのです。

 一日もはやく避難している皆さんが、震災前に暮らしていた場所にもどれますように…。

飯舘村 http://www.utsukushii-mura.jp/iitate-index

までいライフ  http://www.iitate-madei.com/life02.html

                                    (たかはし)

 

事務局日記 花見山に行ってきました。
2011年04月11日(Mon) 12:56

 昨日、待望の花見山に行ってきました。例年より人出は少なかったですが、思ったより多くの人がいて驚きました。まだ花の見頃には少し早かったです。今週末はきっと見頃になるでしょう。車もすぐそばに駐車できます。その駐車場で県外ナンバーの車を何台か見つけました。風評被害にさらされている福島にわざわざ足を運んでくれる方がいて、春の陽気と併せてとても嬉しくなってしまいました。

 久しぶりに登った花見山。霞む花々の間から福島市街地を眺め、あらためてこの福島をとても愛おしく感じました。     (たかはし)

事務局日記 雑感
2011年04月07日(Thu) 11:59

 毎日、通勤途中に会う車があります。「災害支援」の旗をつけた自衛隊の車です。きっと原発20~30K圏内へ行くのでしょう。震災後のようにサイレンはならしていませんが、何十台と連なって行きます。それは自衛隊の車だけでなく、パトカーだったりもします。普段なら不気味な光景ですが、今この状況では大変心強く感じます。本当なら手を振って「ありがとう!頑張ってください!!」と、叫びたいところですが、まさか選挙カーでもあるまいし、こんなおばちゃんに手を振ってもらってもどうかと思うので、心の中でつぶやきながら、こぶしを握り締め見えないところでガッツポーズをして、応援をしています。

 最近の福島市はずいぶんと落ち着いてきました。ガソリンは普通に給油できます。スーパーは早く閉まってしまい、商品も震災前のようにはゆきませんが、贅沢を言わなければ十分生活はできます。

 スーパーに入ると以前より薄暗い感じがします。確かに照明が従来より抑えられています。だからと言って苦になる暗さではないのです。考えてみると、今までが不要に明る過ぎたのではないでしょうか。今回の震災を通して、自分たちが豊かなことにどれほど甘えていたか考えさせられます。今回の震災で節電・節水・節約などと言っていますが、もっと以前に考えるべきことではなかったのではないか?と考えます。CMではないですが、それって本当に必要ですか?私たちは何でもあることに慣れて、甘え過ぎていたのではないでしょうか?

 今も地震がありました。もう震度4くらいではびっくりしなくなってしまいました。地震だけでなく何事も「慣れ」って怖いものですね。     (たかはし)